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富岡鉄斎 京都の街に遺る足跡を探しに

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最後の文人

万巻の書を読んだと言われる最後の文人富岡鉄斎
絵を書くことは独学だった鉄斎は画題や技法を学ぶことはもちろん紙や墨、印などにも興味を持ち勉強していたそうですが特に印は自らを「印癖(いんぺき)」と呼ぶくらい大好きだったみたいで六百顆(か)も所持していたそう。しかし最も好んだのは書物で邸宅の庭に建てた三階建ての書庫魁星閣の玄関には「五千巻の書を読まざる者は、この部屋に入るを得ず」という漢文の扁額を掲げていたそうです。
鉄斎は毎日この書庫に入りその日に読む書物をだし、翌日にはその本を戻して新たな本を出すということが日課だったそう。書物が大好きだった鉄斎は古本屋巡りも良くしていたそうで京都には鉄斎ゆかりの古本屋もあったりします。

自転車で回ってみました

関西でも京都は抜群に寒くてたまらないのですがその寒さも和らいできたのもあり、最後の文人画家 富岡鉄斎の足跡がたくさん残っていて誰でも見ることが出来るので、効率よくたくさん回るためにはどうすればいいか考えたら、移動するのはマイカーは渋滞するしバスは観光客が一杯で乗れない、地下鉄はピンポイントで行けないということで考えたら一番いいのはレンタル自転車ということが分かり調べたら阪急河原町から徒歩2分でレンタサイクルのお店があったのでここで電動アシスト付を借りていざ出発!

阪急河原町駅からスタート

この駅は筆者が京都に行くときに一番便利な駅なのと京都市内の真ん中あたりということで決めました。そして最後に行きつけの駅ナカのパブで一杯やって帰るためもあり一番都合が良かったのです。

虎屋(とらや)

鉄斎と交流が深かった室町時代の後期に創業した老舗の和菓子屋さん。
京都では御所の御用も努めていたところで、明治維新で東京に遷都になるときに天皇陛下のお供をして東京にも出店しましたが、今も京都の一条で和菓子の販売と喫茶のお店2店営業されています、虎屋茶寮にはギャラリーも併設されていて鉄斎の作品も沢山展示されています。

住所:京都市上京区一条通烏丸西入広橋殿町400(虎屋茶寮)

嘉祥菓子図(店内に飾っている掛け軸)
中央に伊賀餅・上から時計回りに浅路餅・武蔵野・豊岡の里・源氏籬(げんじまがき・もしくは げんじかき)味噌松風・桔梗餅。
鉄斎に虎屋から供されたことに大変喜びその御礼としてこの絵を送られたそうです。
嘉祥菓子とは皇室で6月16日の嘉祥の嘉儀に食べるお菓子で、後陽成天皇(1571年〜1617年)の時代から御所御用を勤めている虎屋は毎年宮中の嘉祥に菓子を納めていました。
6月16日には嘉祥菓子を予約販売で購入が可能です。筆者は甘いものが食べられないので購入はできませんでした(笑)。

鶴屋吉信(つるやよしのぶ)

「柚餅看板(ゆいもち)」
鉄斎が儀三郎のために揮毫(きごう、筆をふるって字や絵をかくこと。)した看板
1803年創業と京都ではわりと新し目のお店ですが、京都を代表する菓匠の一つ。
東京に遷都され賑わいがなくなった京都でこのお店は大きく飛躍を遂げました。

当時京都画壇を代表する作家の鉄斎は「柚餅(ゆうもち)」が大好物だったこともありよく通ったそうです。儀三郎は若い頃から古歌や禅や茶の湯に勤み絵もよく書いたそうで、年齢差50歳にもかかわらず仲良くしていたそうで、儀三郎は鉄斎の求めに応じて「柚餅」を調整しては室町一条下ルの鉄斎邸に足しげく通ったと言われています。

住所:京都市上京区今出川堀川西入

佐々木竹苞書楼(ささきちくほうろう)

鉄斎が弁当を持って通った知の寄り道。

1750(寬延元)年創業の古本屋さん。お店は創業当時の町家のままで所狭しと古い本がおかれています。
今風のブック○フとは全く違う雰囲気の本屋さんです。埃っぽいしボロボロだしハッキリ言って汚い(笑)。が、骨董的な価値のある古本がたくさんあるのです。
鉄斎も鳩居堂や彩雲堂で文房具や筆や紙、墨などを見に行った帰りにこの古本屋に寄り漢籍をお店の二階で読みふけっていたそうで、そのうちに弁当持参で通うようになったそうです。

住所:京都市中京区寺町通姉小路上ル

富岡鉄斎邸跡

数年前まで京都府議議員公舎として使われていましたが現在は京都府が管理して中に入ることは出来ませんでした。

大阪府堺市の大鳥大社の宮司を免官して京都に戻った1882(明治15)年にここに移り住みました。この家はもともと小川流煎茶の家祖の小川可進の旧宅だったものを当時の金額で2百数十円あまりを二年払いで購入したそうです。
その後、隣の横山華山の家も購入しそこに鉄筋コンクリート三階建の書庫と木造2階建ての邸宅を建てました。

鉄斎の傑作の多くはこの邸宅の画室で生まれたそうです。

住所:京都市上京区室町通一条下ル

京都の街は鉄斎さんでいっぱい

鉄斎さんゆかりのお店以外にもお寺の寺標、神社の社標と言った家で言う表札的な物から襖絵、八ツ橋の屋号看板などがあります。

お寺でいうと銀閣寺、東寺、相国寺、社標は晴明神社など

屋号看板は、聖護院八ツ橋総本店、本家八ツ橋、白竹堂など

黒谷金戒光明寺の書院襖絵、知恩院 前田正名顕彰碑、豊光寺塔頭など

富岡鉄斎とは

日本最後の文人画家、京都(三条通新町東)法衣商十一屋伝兵衛富岡維叙の次男として生まれる。詩人大田垣蓮月尼が少年であった鉄斎を侍童として育て、人格形成に大きな影響を与える。
1868年から様々な神社の首席司祭を務め、30歳から40代半まで和泉国大鳥神社(大阪府堺市西区鳳北町)の神官(宮司)を務め、神社の修復を推進しました。
1881年に京都に定住し時間のほとんどを勉強と絵を描くことに費やし1897年に田能村直入・谷口藹山らと日本南画協会を発足させ南画の発展にも寄与しようとし 1919年には帝国美術会員になりました。
芸術的なスタイルをこよなく愛し続け最後の一年の間も絵を描くことをやめませんでした。

兵庫県宝塚市の清荒神清澄寺の「鉄斎美術館」と、西宮市の「辰馬考古資料館」に多くの作品が収蔵されている。

主な作品に
「阿倍仲麻呂明州望月図」「円通大師呉門隠栖図」(国の重要文化財)辰馬考古資料館蔵
「二神会舞図」東京国立博物館蔵
「旧蝦夷風俗図」(1896年)東京国立博物館蔵
「富士山図屏風」(1896年)清荒神清澄寺蔵 紙本著色 六曲一双
等がある

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