骨董品 買取のにっこにこ太陽古美術店

茶道具や掛け軸などの骨董品や着物のやさしい買取

古伊万里といえばそば猪口

71 views
約 6 分

にっこにこ太陽古美術店ファビコンそもそも古伊万里とは?

古伊万里とは江戸時代の肥前の国(現在の佐賀県、長崎県)で焼かれ、伊万里港から全国や世界に出荷されていた磁器の総称。

17世紀初頭に焼かれた磁器が大阪や江戸で一大ブームとなったくらい大人気になり、17世紀中頃になると日本風の絵柄が加えられるようになり日本風の繊細な染め付けや金襴手などの豪華な染め付けが輸出先のヨーロッパでも大人気でブームが起こったくらいでした。

江戸時代中期以降(1750年以降くらい)になると伊万里焼は将軍や公家をはじめ諸大名などにも珍重されるようになり、やがて庶民の間にも磁器が広がっていくと、そば猪口などの日用雑器が盛んに作られるようになりましたが明治以降になると様々な西洋からの技術や文化が導入される事になり伊万里焼は衰退していきました。

ここ30年位前から再度古伊万里ブームが起こり、そのブームも少し沈静化しましたが、天然呉須(藍色の天然顔料)の染め付けの色合いや手書きの絵付けなど現代の機械生産のものとは一味違うのか根強いファンがいます。

にっこにこ太陽古美術店ファビコン肥前磁器の歴史

鍋島直茂が朝鮮から帰国の際に磁器の陶工を連れて帰ったことから、磁気生産が始まり碧一色で描かれた素朴な染め付けを初期伊万里と読んでいる。

1640年代に大陸から技術が導入された物に日本独自の風合いを足して変化していったもので1650年〜1790年ごろまでのものを古伊万里と呼んでいるが、最近では1860年頃の江戸時代末期のものでも古伊万里と呼ぶようだが、本来の古伊万里と比べると値段の差はある。

1610-1640年初期伊万里様式-日本磁器の始まり

  • 1610年代ごろ佐賀県有田市で日本初の磁器焼成に成功したのが始まり
  • 1630年台後半「大明成化年製」「大明」「福」の銘が現れ1637年鍋島藩が窯場を整理統合し磁器の大量生産の体制が整う。
  • 1644年中国の明・清王朝で内乱が起こり中国磁器の輸出が滞り激減したことで丁度同じ時期に生産体制を整えた肥前磁器が国内の磁器需要を独占することになる。

1640-1650年正保様式-技術革新で新たな形の模索

  • 中国からの技術の導入により、色絵を始め焼成時に高台内部を支えるハリ支え・墨はじき・青磁の窯詰め方など全体に中国技術に大きく変化した。

1650-1670年寛文様式-磁器輸出が始まる

  • 日本の磁器生産の技術力も高まり中国磁器に引けをとらないものが生産できるようになったことで、1659年に東インド会社やオランダから本格的な大量注文が入り、その後東南アジアやヨーロッパまで広く輸出されていった。
  • 1664-寛文4年けんどん蕎麦と呼ばれる1人前分づつ盛って提供される蕎麦が普及する。この頃から麺の形をした蕎麦切りが普及しそれと同時にそば猪口も普及してと思われる。
  • 1660年台中頃鍋島藩窯が有田・岩谷川内から伊万里・大川内に移転する。

1670-1690年延宝様式-肥前磁器の完成期

  • このころ磁器焼成の技術が完成し鍋島・柿右衛門の二大様式が完成度を増す。
  • 「渦福字」「大明年製」の銘が現れる
  • 延宝年間になると「延宝年製」の染め付けや色絵の作品が作られる

1690-1750年元禄様式-印刷装飾が流行る

  • 技術も完成を見たことで、デザインや様式などの画一化が進み元禄頃から染付の文様を印刷で行う装飾方が多くなる。
  • 印刷方法は有田を中心に型紙摺りが多く、コンニャク印判は周囲でより安価な磁器に用いられていた。
  • 色絵では金襴手様式が始まった1690年代から「冨貴長春」と言う銘が現れる。
  • 色絵は文様の輪郭に金線を多く使うようになる
  • 将軍吉宗の倹約令により、豪華な色鍋島が減少し染付中心になっていく
  • 上げ底高台が主流

1750-1780年宝暦様式-国内市場の開拓を始める

  • より安い食器が量産できることもあり全国津々浦々にまで磁器が運ばれ使われるようになる。
  • 海外への輸出が一段落し収束を迎える
  • 蛇の目凹形高台が現れ一般化していく
  • 「冨貴長春」「渦福字」「大明年製」の銘が多くみられる
  • 1780年代まで見込みに松竹梅・羊歯などの文が環状に現したものが多く、1790年頃までは五弁花・栗の実宝などの文も見られる。
  • その後は1800年頃まで昆虫や折枝・雪岩などの文がある。
  • 1774-安永3年 十代将軍家治好みのデザイン十二通り発注があり以降の鍋島スタイルが出来上がった。
  • 蛇の目高台が主流になる

1760-1860年代天明様式-地方の磁器窯との競争が始まる

  • 全国津々浦々にまで磁器の食器が広まっていった結果、肥前以外の所でも磁器を焼成する動きが活発になりそれと同時に肥前の技術も各地に移転し全国各地で磁器生産の興廃が見られる。
  • 各地に磁器生産窯が勃興していき肥前が磁器市場を独占していた時代が終わる
  • 1871-明治4年 廃藩置県で鍋島藩窯が廃窯になる。
  • 化学薬品のコバルトを使用した型紙摺装飾法が始まる
  • そば猪口が18世紀に比べて19世紀のものが少ないのは各地に磁器生産のシェアを奪われた為かと思われる。

 

古伊万里など古い食器 買取ます

にっこにこ太陽古美術店イメージ蔵や押入れから古い食器がでてきたので処分に
 お困りではなでしょうか?
 古伊万里・古九谷など古い食器高価買取いたします。

いきなり電話は・・・という方は下記の方法でもご相談頂けます

古伊万里など古い食器 買取ます

Comments

コメント

私がこの記事を書いています

にっこにこ太陽古美術店やさしい買取担当の店主杉本 昭博
古いもの大好きで経験豊富な鑑定士が鑑定いたします。
お部屋の片付けやお引っ越しで出た骨董品 買取いたします。茶道具や掛け軸、着物ほか浮世絵、刀剣類など古美術品の全般、大阪府岸和田市を中心に近畿圏内出張料無料でお伺いいたします。条件が合えば全国に出張可。
お気軽にご相談ください。

ご相談はお気軽に

茶道具や掛け軸などの骨董品、浮世絵・春画などの古美術品、戦前のものや作家物の着物・帯・和装小物のやさしい買取買取 にっこにこ太陽古美術店のフリーダイヤル0120-34-2015

家にあるものちょっと査定してみようかなと言うご相談などにご利用いただけます。
まずは登録してください。
写真を撮って送るだけで大まかな査定が可能です。いきなり査定はという場合に
お気軽にご相談下さい。
古いものが大好きな店主が出張買取にご自宅までお伺いします。もちろん出張・査定料ともに頂きません。
遠方の方や、ご自宅に来られるのはちょっと・・・、とお思いの方に
オススメな買取方法です。