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中国の歴史 535年から581年西魏-北周の元号

中国美術品に出てくる十干十二支をまとめました

中国美術の買取を行っているとどうしても十干十二支の知識が必要なのですが、数が多すぎて覚えきれないので500年代の年号と十干十二支をまとめて見ました。

この時代は元号が三つに別れています

コレで骨董品に「大統四年 丁巳」などと書かれていても西暦で云うと537年だとすぐに分かると思います。

時代をクリックすると内容が見られます。

西魏(せいぎ、535年 - 556年)
西暦・年号十干十二支日本の元号備考
535(大統 )2年乙卯(きのと う)― ― ―― ― ―
536(大統 )3年丙辰(ひのえ たつ)― ― ―― ― ―
537(大統 )4年丁巳(ひのと み)― ― ―― ― ―
538(大統 )5年戊午(つちのえ うま)― ― ―― ― ―
539(大統 )6年己未(つちのと ひつじ)― ― ―― ― ―
540(大統 )7年庚申(かのえ さる)― ― ―― ― ―
541(大統 )8年辛酉(かのと とり)― ― ―― ― ―
542(大統 )9年壬戌(みずのえ いぬ)― ― ―― ― ―
543(大統 )10年癸亥(みずのと い)― ― ―― ― ―
544(大統 )11年甲子(きのえ ね)― ― ―― ― ―
545(大統 )12年乙丑(きのと うし)― ― ―― ― ―
546(大統 )13年丙寅(ひのえ とら)― ― ―― ― ―
547(大統 )14年丁卯(ひのと う)― ― ―― ― ―
548(大統 )15年戊辰(つちのえ たつ)― ― ―― ― ―
549(大統 )16年己巳(つちのと み)― ― ―― ― ―
550(大統 )17年庚午(かのえ うま)― ― ―― ― ―
551(大統 )元年辛未(かのと ひつじ)― ― ―― ― ―
552(廃帝)2年壬申(みずのえ さる)― ― ―― ― ―
553(廃帝)元年癸酉(みずのと とり)― ― ―― ― ―
554(恭帝)2年甲戌(きのえ いぬ)― ― ―― ― ―
555(恭帝)3年乙亥(きのと い)― ― ―― ― ―
556(恭帝)元年丙子(ひのえ ね)― ― ―― ― ―
中国の南北朝時代にあった北朝の国の一つ。北魏が分裂して成立した2つの魏のうち、函谷関の西側で関中を中心とした版図を持つ国の呼び名。函谷関の東側で中原を中心とした版図を持つ国の方は東魏と呼んで区別する。

 

北周(ほくしゅう、556年 - 581年)
西暦・年号十干十二支日本の元号備考
557(孝閔帝)2年丁丑(ひのと うし)― ― ―― ― ―
558(明帝)元年戊寅(つちのえ とら)― ― ―― ― ―
559(武成)2年己卯(つちのと う)― ― ―南北朝時代の北周において、明帝の治世に使用された元号
560(武成)元年庚辰(かのえ たつ)― ― ―― ― ―
561(保定)2年辛巳(かのと み)― ― ―南北朝時代の北周において、武帝の治世に使用された元号。
562(保定)3年壬午(みずのえ うま)― ― ―― ― ―
563(保定)4年癸未(みずのと ひつじ)― ― ―― ― ―
564(保定)5年甲申(きのえ さる)― ― ―― ― ―
565(保定)元年乙酉(きのと とり)― ― ―― ― ―
566(天和)2年丙戌(ひのえ いぬ)― ― ―南北朝時代の北周において、武帝の治世に使用された元号
567(天和)3年丁亥(ひのと い)― ― ―― ― ―
568(天和)4年戊子(つちのえ ね)― ― ―― ― ―
569(天和)5年己丑(つちのと うし)― ― ―― ― ―
570(天和)6年庚寅(かのえ とら)― ― ―― ― ―
571(天和)元年辛卯(かのと う)― ― ―― ― ―
572(建徳)2年壬辰(みずのえ たつ)― ― ―南北朝時代の北周において、武帝の治世に使用された元号
573(建徳)3年癸巳(みずのと み)― ― ―― ― ―
574(建徳)4年甲午(きのえ うま)― ― ―― ― ―
575(建徳)5年乙未(きのと ひつじ)― ― ―― ― ―
576(建徳)6年丙申(ひのえ さる)― ― ―― ― ―
577(建徳)年丁酉(ひのと とり)― ― ―― ― ―
年号十干十二支日本の干支備考
578(宣政)元年戊戌(つちのえ いぬ)― ― ―― ― ―
579(大成)2年己亥(つちのと い)― ― ―― ― ―
580(大成)年庚子(かのえ ね)― ― ―― ― ―
南北朝時代に鮮卑系の宇文氏によって建てられた国。国号は単に周であるが、紀元前11世紀から紀元前3世紀まで続いた周を始めとする同名の王朝と区別するために北周と呼ぶ。 君主の称号としては当初、秦以来の中国の歴代王朝が称していた「皇帝」号をやめ、「天王」を採用している。

 

東魏-北斉 梁-陳